消灯時間です

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今日のアドリブ 気ままに書きます

「楽園のカンヴァス」原田マハ

ずいぶん前に友人から薦められていた作品だったが、ようやっとこのたび読んだ。

ほぼ一気読みであった。すこぶるおもしろい。どうすればこんなストーリーが思いつくのか。その並外れた発想力と圧倒的な筆力に、”舌を巻く”とか”脱帽する”とか、その手の言葉をあらんかぎりひっぱりだしてきて賞賛したいぐらいの気持ちになる。

物語は、フランスの画家、アンリ・ルソーとその絵画をめぐるアート・ミステリーである。 ストーリーのカギとなるのがこの絵

f:id:didoodah:20180130234802j:plainBy Henri Rousseau - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH., Public Domain, Link

ルソー晩年の傑作「夢(Le Rêve)」である。極彩色に彩られたエキゾチックな画風と、どことなく謎めいた構図が、何か忘れがたい印象を残す作品だ。

物語には、この「夢」にまるでそっくりだという「夢をみた」という絵が登場し、その絵の存在を全く知らずにいた、ルソー通の二人の美術家(物語の主人公)を心底驚かせることになる。無論、「夢」が実在の作品であるのに対し、「夢をみた」はあくまで物語上の架空の作品なのだけれども、そのみごとなまでの夢と現実の世界の融合ぶりに、読んでいるうちにどこからが創作で、どこからがそうでないのかよくわからなくなってきて、ひょっとしたら「夢をみた」は本当にどこかにあるんじゃないだろうかという気さえしてくるから不思議である。

アンリ・ルソーという画家が、一部の理解者を除いて生前は全く評価されず、それどころか幼児並みの絵を描くへっぽこ画家として、世間からは物笑いの対象だったという史実があったことは、今回、この小説を通して初めて知った。さすがにヘタとまでは思ったことはないが、同時代のマネ、モネ、ルノワールといった画家たちの絵画に並ぶと、もちろん流派の違いなどはあると思うが、たしかに、イラスト的というか、一風毛色の変わった絵を描く画家だと印象は以前からあった。しかしそのことが却って強いインパクトを残し、絵画にさしたる知識を持ち合わせていない私でも、この画家の名前とその作品のいくつかを、なんとなくでも頭の片隅に置き続けてこられた所以になっていたように思う。

「夢」はもちろん素晴らしい作品であるのだが、個人的にはルソーの作品といえば、真っ先に思い出すのがこの絵である。

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Henri Rousseau La Noce(1905),Public Domain, via パブリックドメインQ

アンリ・ルソー「田舎の結婚式(La Noce)」

昔、留学の真似事のようなことをして、パリの語学学校に短期間通ったことがあったのだが、兄とか妹とか、フランス語での「家族」の呼び方を学ぶ段になったとき、その教材として使われたのがこの絵だった。なんだか「結婚式」にしてはずいぶん寂しい色使いの、ちっともおめでたい感じのしない不思議な絵だと思った。しかしそんなことより、家族の呼び方を学ぶための教材にするなら、それもビギナーに教えるのに、他にもっと明快でわかりやすい絵図がありそうなものだが、なにゆえあのときの先生はあえてこの絵を選んだのだろう。そういえばなんとなくフランスの美大生といった雰囲気の若い女性の先生だったが、いかにもフランス人らしい、そのシュールなセンスに当時思わずクスリと笑ってしまった記憶がある。どんな授業が行われたかは残念ながらすっかり忘れてしまったが、ルソーの絵にまつわるごくごく個人的な懐かしい思い出だ。

この本を読んだついでに、ひさびさにルソーの絵の世界に触れてみた。改めて見てみると、とてもユニークな絵が多い。もはやどう見てもおじさんにしかみえない、少女を描いた絵もある。見ている方は思わず笑ってしまうが、当の本人は笑わせるつもりなど全くなく、ただただ愚直に絵を描き続けていたように思える。その生真面目さとか、子どものような純粋さが「おじさん少女」の絵に限らず、どの絵からも伝わってくる。いくら人に笑われようと、蔑まれようとも、自らの画法を貫き通し、死が訪れる間際まで、絵を描くことに情熱を注ぎ続けた孤高の画家。この物語から見えてくるアンリ・ルソーという人間は、もし「その時」が来たら、瞬く間に天使たちが迎えにやってきて、あっという間に天に昇っていきそうな類の人物である。とにかくピュアなんである。この作品は、そんなアンリ・ルソーという画家に魅せられた二人の美術家の、ただの謎解きにとどまらない、極上の人間ドラマにも仕上がっている。決して多くは語られず、読み手の想像に任せられているところも多くある。しかしそこは、さしずめ「読む絵画」といった趣きで心地よい。

原田マハ氏の作品を読んだのは、これが2作目である。最初に読んだのは「カフーを待ちわびて」という、沖縄の離島を舞台にした物語だった。ハートウォーミングな素敵な物語で、これはこれでとても好きな作品になったが、今回初めて「美術もの」を読んでみて、すっかりそのおもしろさのとりこになってしまった。さすが元キュレーター。これぞ真骨頂という感じである。引き続き、原田氏の作品を「美術もの」を中心に、追いかけていきたいと思っている。

(#5「楽園のカンヴァス」(原田マハ)finish reading: 2018/1/28)