消灯時間です

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今日のアドリブ 気ままに書きます

ガス給湯器交換体験記①

給湯器を買い替えることにした。
「給湯器そろそろ交換かも問題」は、ここ数年の我が家の懸案事項のひとつだった。何度か不具合を起こすようになったからだ。これまでは修理で乗り切ってきたが、このたび3回目の故障に見舞われたのを機にようやく決心がついた。正確には、とうとう観念した、という感じ。

今までの故障は「熱いお湯が出ない」「リモコンがエラー頻発」とわりとよくある風のものだったが、今回のはなかなかホラーチックであった。
事の始まりは、いつもつけっぱなしにしている給湯器の電源がなぜか知らぬ間に切れていたことだった。しかし最初は何かの拍子に間違えてリモコンの電源スイッチに触ってしまったぐらいに思いあまり気にとめなかった。実際、電源を入れ直した後は何事も起きず、その日は普通にお湯が使えた。が、翌日ふと気づいたときにまた電源が切れていた。さすがにおかしいと思い、業者さんを呼ぼうと思っていた矢先、今度は設定温度が勝手に乱高下するという、ポルターガイスト的な事態に陥った。「お風呂がわきました」のアナウンスでおなじみのお姉さんがあの涼やかな声で「温度が高すぎて危険です」的なことを言っている。私はお姉さんがお風呂が沸いたことだけではなく、異常事態をも知らせてくれることを今回始めて知った。電源が勝手に切れてるぐらいまではまだよかったが、勝手な温度の異常上昇となるとさすがに怖い。「え?やだうちの給湯器爆発するのでは?」と空恐ろしくなり、あわてて業者に電話を入れた。長年、うちのマンションにメンテンナンスで出入りしている業者さんだ。担当制になっているらしく、指名しなくともいつも同じ人が来てくれるのでなんとなく心強い。我が家にはここ5年以上、俳優の神保悟志の若い頃に似た担当の人(なので以下、ジンボさん(仮名)と呼びます)がやってくる。受付センターに電話しておくと、ほどなくしてジンボさんから連絡が入った。昨年、機械が古くなったことにより定期の保守点検の契約が切れたばかりだったので不安だったのだが、すぐに来てくれると言う。ざっと症状を話すと、おそらくリモコンの故障だろうということだった。とりあえず爆発の心配はしなくてよさそうだ。ジンボさんによると、うちのマンション内で最近似たような症例が相次いでいるらしく、ジンボさんはしょっちゅう出動しているらしい。我が家のマンションも気がつけば新築時からもう15年以上の時が経っている。そろそろ給湯設備が古くなってきているお宅も多いのだろう。給湯器の寿命は10~15年と聞いていたけれど、やはり本当なのだなと思った。

さっそく駆けつけてくれたジンボさんに詳しく診断してもらうと、風呂場に付いている給湯器のリモコンが完全にいかれてしまっており、それが原因で給湯器全体に悪さをしていたようだった。幸い燃焼系統には問題がないので、リモコンの交換のみでもまだ使い続けることはできるとジンボさんは言ってくれたが、またいつ故障するとも限らない。これ以上つぎはぎ的な修理をしてもいたちごっこになる気がしたので、機械も古いしこれを機に買い替えたいこと伝えると、ポーカーフェイスのジンボさんはあからさまに感情を顔には出さないが、なんとなく心の中でガッツポーズしている風だった。

さて、問題は費用だ。
ひとくちに給湯器といっても、我が家の給湯器は「TES熱源機」とかいう普通の給湯器にプラスアルファの機能を備えているもので、そのせいか金額がちょっと高い。高らかに買い替えます宣言してみたものの、お値段はいかほどのものかと戦々恐々としていたのだが、ジンボさんの提示してきた金額は意外にも思っていたより低い金額だった。ざっと言えば、税金・工事費全部込みで30万円台前半というところ。もちろん決して我が家のお財布的にはお安いお買い物ではない。でもまあ良心的な価格なのかと思った。

さらに、ジンボさんはもうひとつパンフレットを出してきた。
「ガス機器スペシャルサポート」という、今年(2018年)の4月から始まった、東京ガスの新しいメンテンナンスサービスの紹介だった。端的にいえばガス機器の保険のようなものだ。月々500円(年額6,000円)の負担で、機器のトラブル時に一定額で修理費が無料になるとか、様々な手厚いサービスが受けられるという。買い替えの場合も一定の条件はあるようだが補助が出るらしく、ジンボさんいわく我が家の給湯器はその対象になるようで、加入しておくとなんと5万円(サービスの年間契約料を差し引くと実質4万4千円)の補助が出るとのことだった。ただ、契約まで少し時間がかかるため、今から申込むと補助が受けられるのは7月1日以降の工事分からになるという。そういえばこのパンプレットは見覚えがあった。春先ぐらいにジンボさんの会社からチラシが入っていたのだ。それを見てなんとなく加入しておいたほうがよさそうな気になりながら、つい忙しぶってすっかり申込みを忘れてしまっていた。今思えば、あれは虫の知らせだったに違いない。

「うー。あのときは入っておけば」と悔しがる私を勇気づけるかのように、ジンボさんは言った。「『全くお湯が出ない』とか致命的な故障であれば私も今すぐの交換をお勧めするのですけど、〇〇さんのお宅は、幸い今のところそういう状況ではありません。ただ、お風呂のリモコンが完全に壊れてしまっているのでこれはもう使えなくなりますが、しばらくキッチンのリモコンだけで乗り切る方法があります。お風呂を沸かすなどの基本的な操作だけならキッチンのリモコンでも十分可能ですので、しばらくの間少しご不便にはなってしまいますが、差し支えなければ、この方法で7月までお待ちになってみませんか?」私はジンボさんの助言にしたがい、「ガス機器スペシャルサポート」の契約が成立してから、新しい給湯器を導入してもらうことにした。

ジンボさんは「お値段の方もここからもう少しがんばらせていただきます。メンテンナンスで長くお世話になってますので」と頼もし気な事をボソボソっと照れくさそうに言うと、どさくさにまぎれて「ビルトインコンロなんかもですね、はい。今いいのが出てます、はい。ここでしたらサイズもですね、はい。すぐにおさまりますですね、すっすっすっと、はいはいはい」と、独り言なのかそうでないのかよくわからない営業トークで他のガス器具も一通り勧めた後、「それでは来月、またご連絡させていただきます」と、ここ数年で一番のはにかみ笑顔を見せて帰っていった。おしゃべり上手な営業マンより、こういう朴訥な感じの人からモノを買ってあげたくなるのはなぜだろう。

それにしても給湯器というのは、いきなり逝くから困ったもんだ。

ほぼ東海道を歩く旅⑦【小田原~箱根湯本】

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GW中も仕事だった夫は、世間の連休の終わりとともにようやくうれしい5連休。
しかし休みに入ったとたん、毎日のように雨は降るわ、冬に逆戻りしたように寒いわで散々な日々。
それでもせっかくだから鎌倉の海沿いにアジフライでも食べに行くかと、少しだけ晴れ間がのぞいた5月某日、さっそく車を走らせた私たちでしたが・・・

 
旅人:俺様(夫)
同行&記録係:私

 

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何がどうして、なぜか小田原のエキチカでがっつりカツを喰らう私たち。
しかも俺様のいつもの唐突な提案で、急遽、駅の近くに車を置き、小田原から箱根湯本までを歩くことになりました。
ちなみにこちらのお店は、小田原駅の地下街にある田むら銀かつ亭さん。
箱根の強羅駅近くにある本店はいつもびっくりするほど混んでますが、小田原のお店は入りやすいので、行列アレルギーの我々はこちらのお店に時折おじゃましております。おいしいです。

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腹ごしらえも終えたところで、さっそく箱根湯本を目指し歩き出す。
時間はすでに13時30分をまわっていた。
夕方から雨の予報だったが、空は今にも泣きだしそうな気配。先行きが心配だが、俺様の判断でとりあえず行けるところまで行ってみることになった。
それにしても小田原城のお堀周りはきれいだな。近くに住んでいたら毎日散歩に来たいぐらいだ。

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お堀の通りを経て、いよいよ東海道(国道1号)へ。
あんぱん屋さんやういろうの専門店など、昔ながらのお店が立ち並ぶ魅惑の道を脇目もふらずせっせと歩く。
箱根までは途中、何か所か旧道も通れる区間があるようなのだが、下調べもせずに歩き始めてしまったため、この日は無難にこのまま国道1号を進むことにした。

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小田原の街から15分も歩けば、まわりの風景がガラリと変わってくる。
天気が天気だけになんだかもの寂しい。しかも時折、ぽつりぽつりと顔に水滴があたるようになった。いよいよ雨が降ってきたようだ。
「うーん、今日は風祭駅までにしておくか・・・」と悩む俺様。

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が、結局、道すがらのコンビニで傘を買って、小雨の中を歩き続けるのだった。

 

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そして14時42分。いよいよ箱根町に入った。
少しだけ気分が上がる。
しかし、ここで境界票を見て「はこねはこねだ」と浮かれている場合ではなかったのだった。私たちはここからさらに5分ほど歩いた「山崎古戦場」というところでなんと歩道を見失ってしまい、すこし慌ててしまったのだ。がーん。

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失敗の発端は、そもそもここからだった。
小田原からしばらく道路の右側を歩き続けてきた私たちは、風祭の交差点を少し過ぎたあたりにあったこの案内板にしたがって左側に進路を変え、そのまま箱根まで歩き続けたのだが、どうやらこれがいけなかったらしい。

たしかにこの地点から箱根に向かって右側の歩道はしばらくなくなり、左側の歩道を歩かなければならなくなるのだが、どこかのタイミングで再び右側に戻っておくべきだったようだ。けっきょく、小田原ー箱根間を安全かつスムーズに歩くには、ずっと国道沿いを歩くのではなく、上手に旧道に出入りしながら歩くのがいちばんだということがわかった。国道1号は箱根に近づくにつれ、横断歩道はおろかついには歩道すらもなくなるなかなかスリリングな道になってしまうのだ。車もびゅんびゅん飛ばしてくるし。けして無難な道ではありませんでした・・・。


時すでに遅しだけれど、道については後ほどおさらいし、安全に歩けそうなルートを調べてざっと地図にまとめてみた。「あーここをこう歩けばよかったんだね」と後悔の連続です。小田原ー箱根間を甘く見過ぎておりました。反省。

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とにかくその時は他にエスケープの方法がわからず、やむなく車の流れが途絶えた隙に車道を横断することでなんとか再び歩行可能な道に戻ることができたのだが、一歩間違えれば事故につながる危険で迷惑な行為だったと自責の念にかられている。ともあれ、この石畳の道にたどり着けたときには正直ほっといたしました。まもなく箱根湯本です。

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15時ちょうど、三枚橋に到着。
箱根路の旧街道への入口だが、この日の旅はここまで。橋は渡らず、このまままっすぐ箱根湯本駅方面に向かいます。

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15時10分、箱根湯本駅に到着。
駅前の商店街をざっとひやかした後、小田急線で小田原へ。それにしても昨今の箱根は海外からのお客様が多い。帰りの電車の車内は、乗客の8,9割がたが外国の人たちで、まるでスイスの登山鉄道のような様相を呈していた。乗ったことないけど。雰囲気雰囲気。

次回こそはいよいよ箱根越えに挑戦か?!それにしてもひさびさの東海道だった。はじめこそ順調だったものの、日々のあれこれや天気の具合やらいろんなものに阻まれ、ここに来て少し足踏み状態の俺様と同行者・私の東海道歩き旅。次の実施日もむろん未定である。(できれば猛暑がくる前には実施したい・・・)

【今回の旅のメモ】
〇ルート:小田原(神奈川)~箱根湯本(神奈川)
〇実施日:2018年5月初旬(天気:曇り~雨 気温13℃)
〇歩行距離:約7キロ
〇所用時間:約1時間40分
〇HP消耗度:★★☆☆☆(プチハプニング級)
〇使ったお金:1,800円/人ぐらい(昼食代+交通費+その他)

〇感じたこと:距離は短いですが意外とトリッキーな道が続きます。侮れません。歩く場合はしっかり下調べの上、臨んだほうが無難でしょう。

〇きょうの教訓:「なるたけ右側に進路をとれ!」

ねじねじと終活

最近気になったニュースというか、見出しを見てつい笑ってしまったのは、「中尾彬、妻にねじねじを捨てられる」だった。

www.oricon.co.jp

なんでも終活の一環で、トレードマークのねじねじストールを志乃夫人にごっそり処分されてしまったらしいのだが、その数が200本というからすごい。だけどそれでもまだあと200本もねじねじが残ってるというのだから、さすがは芸能人と思わずにはいられなかった。うちに400本もあるものといったら、爪楊枝か買いだめしてある綿棒ぐらいしか思い浮かばない。

それにしてもこのご夫婦は、年を重ねるたびにいい雰囲気になっている印象だ。ひところの中尾彬池波志乃といえば、いずれも私のなかでは「顔と雰囲気がコワい芸能人」の筆頭格だった。子どもの頃、このお二人が出ているドラマなんかをうっかり見てしまうと、見てはいけないものを見てしまった気がして、ひとり胸をざわつかせていた。特に、目が合えば石にされそうな中尾彬の眼力は、夢に出てきそうなぐらい怖かった。むろんそのころは、彼らがよもや夫婦だとはつゆほども知らなかったが、後にその事実を知ったときには、これほどパンチの効いた夫婦もあろうかと個人的にはなかなかの衝撃だった。年を経て私の感性が変わっただけかもしれないが、現在のお二人はすっかりカドがとれた印象で、いまや私の中では、最恐の夫婦から、言ってみればお手本にさせていただきたいぐらいの理想のご夫婦になっている。

私ももはや若者といえる年齢ではなくなったし、かといって「しゅうかつしてます」というとまだ「終活」よりは「就活」と捉えられそうな気がしなくもない中途半端な年代だが、それでも人生の先行きというものをぼんやりと考えるようになった。夫妻はこのたび「終活夫婦」という本を上梓したらしい。一介の市井人である私なんぞは持ってるものもステイタスも、セレブリティである中尾&池波夫妻にははるか遠く及ばないが、後学のためにも、そろそろこの手の書物にも触れて、終活の入り江ぐらいには立っとこうかなと思う今日このごろなのだった。

お題「最近気になったニュース」

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わたしのフン害史

なぜだか昔から動物のふん害に遭いやすい。それこそフンだり蹴ったりの人生である。
幼稚園児の頃、おろしたての白い運動靴で犬のふんを踏んだのが最も古い災難の記憶だ。 落とし主のお腹の調子が悪かったのか、ふんはかなりの軟便で、真新しい運動靴は目も当てられない状態になった。あのときの感触がまだ足の裏に残っている気がする。

最も忘れられない惨事は、社会人になりたてぐらいの頃のこと。東京は吉祥寺の目抜き通りで、いきなり空からピンポイントで鳥のふんの一撃を浴びた。最初は何が起こったのかわからなかった。ピーカンの空の下、いきなり頭に冷たい感触が走り「えっ?天気雨?」と思ったのだが、たまたま友人二人と連れ立っていたのが不幸中の幸いだった。きょとんとしている私を見た彼女たちは、とたんにバケモノにでも遭遇したようなものすごい形相になり、「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!!」と言うと、次の瞬間、私は身柄を確保された犯人のごとく友人たちに両脇を抱えられ、当時まだ吉祥寺にあった近鉄百貨店内のトイレにものすごい勢いで連行された。私はそのときになってはじめて自分の頭に命中したものが雨つぶではなく鳥の落とし物であったことを知ったのだが、友人たちの協力による迅速かつ適切な処置のおかげで、なんとか急場をしのぐことができた。私はそのとき同性ながら、いざというときの女性の頼もしさというのをいたく痛感したし、持つべきものは友だと心から思った。

そんな「吉祥寺の悲劇」の記憶も冷めやらぬうちに、今度は動物園で再び鳥のふん爆弾の餌食になった。あろうことか私はそのとき、知り合ってまだ間もない男性とデートの最中だった。しかも不思議なことにその相手というのが、吉祥寺のふん事件があったその日に、とある会合で初めて出会った人だった。とにかく私はその場から脱兎のごとく逃げ出したいほど恥ずかしかったが、そんな私の心を知ってか知らずか、彼は陽気に笑い、嫌な顔一つせず一緒になって汚れを取り除くのを手伝ってくれた。私はそのとき「もしかしたらこの人は私のウン命の人かもしれない」と思ったが、結局そうではなかった。

ふん害は今なお続いている。私の自宅はマンションの中層階にあるのだが、先日、家でパソコン仕事をしていると、ベランダの窓に何かが激しくぶつかる音がした。びっくりしてあわてて窓のもとに駆け寄ると、黒い鳥の集団がものすごい勢いで飛び去っていくのが見えた。どうやらカラスが窓にぶつかったらしい。幸い、窓の外側にある網戸がクッションになったらしくガラスは無傷だったが、網戸を通り越して窓にはべっとり鳥のふんの他に、得体の知れない謎の黄色い粘液のようなものまでついており、身の毛がよだつ思いだった。

それから幾日もたたないうちに、今度は犬のうんちを踏んだ。よほどのっぴきらならない状況だったのか、犬連れの男性がなんと横断歩道の真ん中で犬にうんちさせていたところに私がたまたま通りがかってしまったのである。もっとも私は最初そのことに全く気づかず、なぜこの人は横断歩道の途中で立ちつくしているのだろうと奇妙に思いながら、その男性の横を通り過ぎようとしたのだが、そのときその男性に突然「あーっ、そこーっ!」と素っ頓狂な声をあげられ、びっくりしてこっちまで声を上げそうになった。とっさに「えっ?」と聞き返すと、男性はあわあわと言葉にならない声を出し、ばつの悪そうな表情で私の足元あたりを見つめていた。かたわらにはチワワのような小さな犬がいて、濡れたような瞳でこちらを見ている。あわてて私も地面に目をやると、辺りに小さな犬のふんが散らばっていた。その日はひどく風の強い日だった。おそらく片づける間もなくふんが風にあおられ、そこかしこに転がったにちがいない。そのひとつを私が運悪く踏み抜いてしまったというわけだ。ショックや呆れ、怒りなど様々な感情が一挙に去来した。私は「いつまでもぼーっとつったってないで、はよ片づけるもの片づけてさっさと道路渡らんかい」と思わず男性を叱り飛ばしたいぐらいの衝動に駆られたが、おどおどしている男性と小犬のあまりのかわいらしさにすっかり気がそがれ、かといってその男性に気の利いた言葉をかけてあげられるような心の余裕もそのときなく、何より信号が赤に変わってしまいそうなので、足早にその場を立ち去った。

なるべく靴底を地面につけないように歩いて家に戻り、玄関先で恐る恐る履いていたスニーカーの裏をのぞいてみると、ふんはみごと靴底のどまんなか、メーカーの刻印が押されてちょうど溝になっている部分に、これまた憎たらしいほどぴったりはまり込むようにしてへばりついていた。嫌々ながら汚れを取り除く作業を始めると、大っぴらに空気に触れたせいか、うんちはあんな愛らしいフォルムから出てきたものとは思えない、かなりパンチの効いた臭気を発し始めた。小っちゃいくせにたいしたもんだ。私は小犬の黒曜石のようなつぶらな瞳を思い出し、なんだか泣き笑いしたい気持ちになった。

お題「わたしの黒歴史」

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「一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ」遠野なぎこ

女優として活躍する筆者の半生を綴った本。「自伝的小説」とあるので、どこまでが真実なのかはわからないが、できれば全てが作り話であってほしいぐらいのかなりえぐい内容だ。とりわけ前半の、筆者が育った壮絶な家庭環境を描いたくだりは圧巻の極みで、なかでも母親の度を超えた異常さには肝をつぶす。「黒い報告書」とか、ああいった類の読み物を読んでいるような気になる。よくぞ事件に発展しなかったものだ。ここに描かれていることが全て本当のことだとすれば、この母親は相当悪運の強い人間に違いない。

殺したいぐらいに母親を憎む一方で、一心不乱に母親の愛情を乞う。母の生き方を軽蔑しながら、気がつけば自分もまたどこかその母親とシンクロするような人生を辿っている――。この矛盾だらけの一見理解し難いゆがんだ親子関係には、「血縁」や「遺伝」といったものの中に潜む、科学だけではどうにも説明のつかないような神秘な一面も見え隠れする。

筆者自身の恋愛遍歴をあけすけに語るくだりには、さすがに少々食傷気味になってしまったが、それにしても文章から垣間見える、彼女の卓抜した人間観察力や洞察力には舌を巻く。幼い頃から芸能界という大人の世界に身を置き、また家庭では常に母親の顔色をうかがいながら生きてきたことで、人の行動パターンや心理を先読みする力が、自ずと人並み以上に鍛え上げられていったのかもしれない。ただせっかくのその才能が負のパワーになりすぎてしまっている感じがして実にもったいない。

TVに出る筆者を見るたび、個性が強すぎるぐらい強い人で驚いていたが、その背景にものすごいものを背負ってきた人であったことを今回はじめて知った。突拍子もない言動の素因になっていたものが少しわかったような気がした。神さまはその人が乗り越えられる試練しか与えないなどとよく言うが、それにしてもよくぞたくましく生き抜いてこられたものだ。もっとも最近は心なしか以前よりも笑顔が多くなり、つきものが落ちたような印象も受ける。この手の告白本を世に出す行為はとかく賛否の対象になりがちだが、こうしたかたちで闇を吐き出すことで、ほんの少しでも彼女の心が軽くなったのであれば、それだけでも価値のあったことなのかもしれないと思った。

(#10「一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ」(遠野なぎこ)finish reading: 2018/4/26)

鍋コーヒー

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photo@Pixabay

学生の頃、お湯をさすだけではどうにもこうにもうすら酸っぱくてあまりおいしくないインスタントコーヒーを、どうにかおいしく飲める方法はないものかと試行錯誤を重ねてみたことがあった。結果行きついたのが「鍋で煮出す」という方法だった。小鍋にインスタントコーヒーの粉適量と少量の水を入れ、まずはぐらぐらと泡立つぐらいまで煮る。すると、とてもインスタントとは思えない香ばしい香りが立ってくるので、あまり煮詰めすぎないところで頃合いを見はからい、いったん火を止める。そしたら今度はそこに牛乳を入れ、再び火にかける。つまりはカフェオレにしてしまうというわけだ。牛乳を入れてからの温め加減は好みだが、私は濃いめの味が好きなので、たいがい表面にミルクの膜が張るぐらいまでガンガン火にかけていた。そうするとなんとなくとろみがかったような、濃厚なカフェオレが出来上がるのである。

「まるでパリやんけ」と当初は自分だけで悦に浸っていたのだが、試しに家に来る友人たちにもふるまってみたところ、これが意外と好評で、ある友人に「鍋コーヒー」と命名され、求められるまま、一時は喫茶店状態に「鍋コーヒー」を作りまくっていた。泊まりがけで遊びに来た友人たちに、真夜中に「ねえねえ」と寝ているところを揺り起こされて作ったこともあった。私はなにしろ寝ぼけているから、あまり事細かなことまでは憶えていないのだが、友人の証言するところによると、熟睡中をジャマされたにもかかわらず私は、特に機嫌を損ねるふうでもなく、「ハイわかりました」とすくっと立ち上がってキッチンへ行き(私は寝ぼけていると敬語になるらしい)、終始無言のまま手慣れた手つきで「鍋コーヒー」を作り、カップをテーブルまで運び終えると、「それではおやすみなさい」と一言発し、さっさと寝床に戻っていったそうだ。まるで夢遊病である。このときのエピソードは結婚式の際、友人にスピーチで披露されてしまい、ちょっと照れくさいものがあった。

インスタントコーヒーがまるでひと手間かけなければおいしくないもののような書き方をしてしまったが、クリーミングパウダーたっぷりの甘いインスタントコーヒーが実はノスタルジックな思い出の味であったりする。黒ラベルネスカフェのインスタントコーヒー、黄色いラベルのクリープ、赤い箱に入ったカップ印の角砂糖の三点セットがある風景は、私の昭和の原風景の一つだ。私の実家は自営の仕事をしていて、私が幼い頃は自宅と棟続きのところに小さな事務所があったのだが、そこに従業員の休憩用にこの三点セットが置いてあった。今思えばずいぶん迷惑な子どもだったと思うが、アクセスの良さをいいことに、私は営業時間もお構いなしにしょっちゅうこの事務所に出入りしては、事務のお姉さんが作ってくれる、クリープたっぷりの甘いミルクコーヒーをごちそうになっていた。思えばあのチープだけれどなんだかクセになる味わいが私のはじめてのコーヒー体験だったような気がする。

今はもっぱら豆から入れるコーヒーばかりで、インスタントコーヒーを飲む機会はめっきり減ってしまったが、ひさびさに「鍋コーヒー」で腕をふるってみようかと思う今日この頃である。


お題「コーヒー」

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「本陣殺人事件」横溝正史

「本陣殺人事件」は「金田一耕助シリーズ」の第1作目なのらしい。

この表題作の他に、「車井戸はなぜ軋る」、それから「黒猫亭事件」という二つの短編が収録されている。いずれも終戦からまだ間もない昭和20年代前半に発表されている小説で、そのせいかどの話も背景に終戦直後の世情が色濃い。「本陣~」は、冒頭から何やら意味ありげな傷痍軍人が出てくるし、「車井戸~」は戦争にいった夫が豹変した姿で復員してくる話で、「犬神家の一族」の原点かとも思えるような展開の物語だ。「黒猫亭事件」では、東京郊外の色街にあるちょっといかがわしそうな酒場を舞台に、外地からの引揚者らをめぐって、戦後の混乱に巧みに乗じるようなかたちの複雑怪奇な事件が起きる。ただでさえ人間関係が入り組んだところに二匹の黒猫までが加わり、なにがなにやら、多少頭がこんがらがりそうにもなるが、なかなか読みごたえのある話だった。

新婚初夜からそろって日本刀でバッサリの惨殺死体で発見される気の毒な夫婦、二重瞳孔の不義の子、エキセントリックな青年僧侶など、どの話も横溝ワールド全開という感じだ。恐怖、退廃、悲哀に満ちている。

それにしても、朴訥で実直なイメージしかなかった「金田一耕助」に、実は、アメリカ帰りの元ジャンキーという人物設定があったとは知らなかった。驚いた。

(#9「本陣殺人事件」(横溝正史)finish reading: 2018/4/5)