消灯時間です

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「一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ」遠野なぎこ

女優として活躍する筆者の半生を綴った本。「自伝的小説」とあるので、どこまでが真実なのかはわからないが、できれば全てが作り話であってほしいぐらいのかなりえぐい内容だ。とりわけ前半の、筆者が育った壮絶な家庭環境を描いたくだりは圧巻の極みで、なかでも母親の度を超えた異常さには肝をつぶす。「黒い報告書」とか、ああいった類の読み物を読んでいるような気になる。よくぞ事件に発展しなかったものだ。ここに描かれていることが全て本当のことだとすれば、この母親は相当悪運の強い人間に違いない。

殺したいぐらいに母親を憎む一方で、一心不乱に母親の愛情を乞う。母の生き方を軽蔑しながら、気がつけば自分もまたどこかその母親とシンクロするような人生を辿っている――。この矛盾だらけの一見理解し難いゆがんだ親子関係には、「血縁」や「遺伝」といったものの中に潜む、科学だけではどうにも説明のつかないような神秘な一面も見え隠れする。

筆者自身の恋愛遍歴をあけすけに語るくだりには、さすがに少々食傷気味になってしまったが、それにしても文章から垣間見える、彼女の卓抜した人間観察力や洞察力には舌を巻く。幼い頃から芸能界という大人の世界に身を置き、また家庭では常に母親の顔色をうかがいながら生きてきたことで、人の行動パターンや心理を先読みする力が、自ずと人並み以上に鍛え上げられていったのかもしれない。ただせっかくのその才能が負のパワーになりすぎてしまっている感じがして実にもったいない。

TVに出る筆者を見るたび、個性が強すぎるぐらい強い人で驚いていたが、その背景にものすごいものを背負ってきた人であったことを今回はじめて知った。突拍子もない言動の素因になっていたものが少しわかったような気がした。神さまはその人が乗り越えられる試練しか与えないなどとよく言うが、それにしてもよくぞたくましく生き抜いてこられたものだ。もっとも最近は心なしか以前よりも笑顔が多くなり、つきものが落ちたような印象も受ける。この手の告白本を世に出す行為はとかく賛否の対象になりがちだが、こうしたかたちで闇を吐き出すことで、ほんの少しでも彼女の心が軽くなったのであれば、それだけでも価値のあったことなのかもしれないと思った。

(#10「一度も愛してくれなかった母へ、一度も愛せなかった男たちへ」(遠野なぎこ)finish reading: 2018/4/26)