消灯時間です

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樹木希林さんのドキュメンタリー

先日録画しておいたNHK樹木希林さんのドキュメンタリーをようやく見た。
淡々とした内容だったけれども、バラエティなどで見せていたユーモアたっぷりの毒舌ぶりとはまた違う「おっかない樹木希林」の一面も垣間見れて、なかなか貴重な番組を見たように思った。とにかくものづくり対する姿勢が半端なく厳しい。映画などへのこだわりはもちろろんだが、それはドキュメンタリーであっても変わらない。密着取材の取材対象者でありながらけして受け身でいることはなく、どうすれば作品がおもしろくなるかを第一に考えているようだった。

一年にもわたる長期密着取材を任されたのは、かつてドラマ制作が縁で知り合ったという若手ディレクター。これまで誰にも密着取材を許可したことがないという樹木さんが彼には自分を撮ることをOKしたというのだから、よほど樹木さんの信頼を勝ち得ていた人なのだろう。彼はなんと大女優自らが運転する車で日々送迎までしてもらい、映画の撮影現場にくっついていってカメラを回すことを許される。他の同業者からすればおそらく垂涎ものの取材環境である。しかし取材人としてはちょっと心もとなさそうな感じの彼は、半年たってもなかなか樹木さんのふところに入り込んでいくことができない。やがて番組の行く末を心配しはじめた樹木さんは、ただ自分の横でカメラを回すだけの彼に、何が面白くて私を撮っているのかといらだちを見せるようになる。樹木希林という人はただしゃべったり動いたりしているだけで十分面白い人だ。彼にしてもおそらくそう感じていて、だからこそただカメラを回し続けるようなかたちになってしまっていたのかもしれないが、いざ正面を切って樹木さんに「私のどこに興味があるの?」と迫られると、陳腐な言葉しか出てこず、樹木さんにうまく思いを伝えられない。ハラハラするような時が流れる。しかしそれでも彼は愚直に樹木さんを追い続ける。

この番組を見る少し前に、TBSの安住アナと樹木さんが共演しているバラエティを見た。二人のゆかいなやりとりがある種名物になっていた番組だったが、場づくりの能力に天才的に長けている安住アナは、樹木さんがさりげなく仕掛けてくる面白ネタのヒントをぽんぽんキャッチし、会話を盛り上げ、自然と番組が面白くなる方向にもっていく。そういった意味では、今回のディレクターは安住アナとはまるで真逆な感じの人である。彼と思うように会話がはずんでいかないことに樹木さんがとまどいを見せるシーンもあったが、それでも端的にいえば、樹木さんは彼のことを人間的に好いていたのだろうと思う。でなければ「これを番組の肝にしては」と、もはや手の施しようがないほどにがんが全身に広がった自分のPET画像を彼に差し出したりはしなかったろう。けしてあからさまに甘やかしたりはしないが、つかず離れず彼を見守り、最後まで共に番組づくりに向き合っていく。それは一度引き受けた仕事は最後までやりぬくという仕事人としての矜持によるものであったかもしれないが、なんとかこの若いテレビマンをもう一皮むけさしてやりたいという、親心にも似た気持ちによるものだったようにも見える。樹木希林さんの厳しくとも温かい姿が心に残った。

取材の終盤、彼は自分が樹木希林の何を撮りたかったのかを、自身が一年かけて撮り続けてきた樹木さんの映像を本人に見せることで伝えようとする。相変わらず淡々とした映像だが、それでも樹木さんはその編集された映像の一つ一つを満足そうに眺め、最後に「まあこうして見ると材料としてはただ撮っててもおもしろい人間ではあるよね」と言う。彼がいちばん樹木さんから引き出したかったことばだったかもしれない。彼の思いは伝わったようだ。微笑ましいシーンだった。

そういえば番組で樹木さんは、ものすごくしゃれた車に乗っていた。トヨタのオリジンという車らしい。これまでも住まいや私服のセンスの良さに驚かされていたが、車の趣味もさすがであった。そのくせ「これ、びわの葉の湿布なのよ」と、ガバガバにガムテープを巻いた足を見せ、まわりを笑いの渦にまいたりする。そういえば安住アナとの番組でも、全身ばっちりおしゃれしているとおもいきや、足元を見たらマジックで無造作に「内田」と書いた、田舎の中学生みたいな白いスニーカーを履いているから大笑いしてしまった。これしかなくて仕方なく履いてきたみたいなことを言っていた気がするが、今思えばああいう靴をわざわざ履いてくるのも、視聴者を喜ばせようとする樹木さんならではの遊び心だったのかもしれない。

テレビの向こうにも身近にも「いなくなられたら困る人」というのがいる。そういう人がまた一人いなくなってしまった。とても残念だ。