消灯時間です

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今日のアドリブ 気ままに書きます

わたしのフン害史

なぜだか昔から動物のふん害に遭いやすい。それこそフンだり蹴ったりの人生である。
幼稚園児の頃、おろしたての白い運動靴で犬のふんを踏んだのが最も古い災難の記憶だ。 落とし主のお腹の調子が悪かったのか、ふんはかなりの軟便で、真新しい運動靴は目も当てられない状態になった。あのときの感触がまだ足の裏に残っている気がする。

最も忘れられない惨事は、社会人になりたてぐらいの頃のこと。東京は吉祥寺の目抜き通りで、いきなり空からピンポイントで鳥のふんの一撃を浴びた。最初は何が起こったのかわからなかった。ピーカンの空の下、いきなり頭に冷たい感触が走り「えっ?天気雨?」と思ったのだが、たまたま友人二人と連れ立っていたのが不幸中の幸いだった。きょとんとしている私を見た彼女たちは、とたんにバケモノにでも遭遇したようなものすごい形相になり、「ちょ、ちょちょちょちょちょっと!!」と言うと、次の瞬間、私は身柄を確保された犯人のごとく友人たちに両脇を抱えられ、当時まだ吉祥寺にあった近鉄百貨店内のトイレにものすごい勢いで連行された。私はそのときになってはじめて自分の頭に命中したものが雨つぶではなく鳥の落とし物であったことを知ったのだが、友人たちの協力による迅速かつ適切な処置のおかげで、なんとか急場をしのぐことができた。私はそのとき同性ながら、いざというときの女性の頼もしさというのをいたく痛感したし、持つべきものは友だと心から思った。

そんな「吉祥寺の悲劇」の記憶も冷めやらぬうちに、今度は動物園で再び鳥のふん爆弾の餌食になった。あろうことか私はそのとき、知り合ってまだ間もない男性とデートの最中だった。しかも不思議なことにその相手というのが、吉祥寺のふん事件があったその日に、とある会合で初めて出会った人だった。とにかく私はその場から脱兎のごとく逃げ出したいほど恥ずかしかったが、そんな私の心を知ってか知らずか、彼は陽気に笑い、嫌な顔一つせず一緒になって汚れを取り除くのを手伝ってくれた。私はそのとき「もしかしたらこの人は私のウン命の人かもしれない」と思ったが、結局そうではなかった。

ふん害は今なお続いている。私の自宅はマンションの中層階にあるのだが、先日、家でパソコン仕事をしていると、ベランダの窓に何かが激しくぶつかる音がした。びっくりしてあわてて窓のもとに駆け寄ると、黒い鳥の集団がものすごい勢いで飛び去っていくのが見えた。どうやらカラスが窓にぶつかったらしい。幸い、窓の外側にある網戸がクッションになったらしくガラスは無傷だったが、網戸を通り越して窓にはべっとり鳥のふんの他に、得体の知れない謎の黄色い粘液のようなものまでついており、身の毛がよだつ思いだった。

それから幾日もたたないうちに、今度は犬のうんちを踏んだ。よほどのっぴきらならない状況だったのか、犬連れの男性がなんと横断歩道の真ん中で犬にうんちさせていたところに私がたまたま通りがかってしまったのである。もっとも私は最初そのことに全く気づかず、なぜこの人は横断歩道の途中で立ちつくしているのだろうと奇妙に思いながら、その男性の横を通り過ぎようとしたのだが、そのときその男性に突然「あーっ、そこーっ!」と素っ頓狂な声をあげられ、びっくりしてこっちまで声を上げそうになった。とっさに「えっ?」と聞き返すと、男性はあわあわと言葉にならない声を出し、ばつの悪そうな表情で私の足元あたりを見つめていた。かたわらにはチワワのような小さな犬がいて、濡れたような瞳でこちらを見ている。あわてて私も地面に目をやると、辺りに小さな犬のふんが散らばっていた。その日はひどく風の強い日だった。おそらく片づける間もなくふんが風にあおられ、そこかしこに転がったにちがいない。そのひとつを私が運悪く踏み抜いてしまったというわけだ。ショックや呆れ、怒りなど様々な感情が一挙に去来した。私は「いつまでもぼーっとつったってないで、はよ片づけるもの片づけてさっさと道路渡らんかい」と思わず男性を叱り飛ばしたいぐらいの衝動に駆られたが、おどおどしている男性と小犬のあまりのかわいらしさにすっかり気がそがれ、かといってその男性に気の利いた言葉をかけてあげられるような心の余裕もそのときなく、何より信号が赤に変わってしまいそうなので、足早にその場を立ち去った。

なるべく靴底を地面につけないように歩いて家に戻り、玄関先で恐る恐る履いていたスニーカーの裏をのぞいてみると、ふんはみごと靴底のどまんなか、メーカーの刻印が押されてちょうど溝になっている部分に、これまた憎たらしいほどぴったりはまり込むようにしてへばりついていた。嫌々ながら汚れを取り除く作業を始めると、大っぴらに空気に触れたせいか、うんちはあんな愛らしいフォルムから出てきたものとは思えない、かなりパンチの効いた臭気を発し始めた。小っちゃいくせにたいしたもんだ。私は小犬の黒曜石のようなつぶらな瞳を思い出し、なんだか泣き笑いしたい気持ちになった。

お題「わたしの黒歴史」